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第72話「誘拐」

last update Date de publication: 2026-05-12 21:11:58
 地下街の朝は、光ではなく音で始まった。

 鉱石や金属を打つ乾いた響きが洞内を駆ける。

 水路を流れる水は一定の調子で岩肌をで、遠くで誰かが呼び交わす声とそれに応じたであろう人々の足音が聞こえてくる。

 地を這う民の街は、奇妙なほど静かに明るくなり始めた。

「地上では鳥が朝を知らせてくれるが、やっぱり地下の朝は静かな気がするな」

 お世話になったディリダの家を出たセリュオスは通りを歩きながら、動き出す街を眺めていた。

 だが、昨日と同じはずの風景、灯具、石畳、生活の気配にも関わらず、何かがみ合っていないような違和感を拭えずにいた。

「……んー。でも、妙ですね」

 首を傾げながら足を止めたのは、シエルハだった。

 彼は壁面に刻まれた古い紋様の前に立ち、それをなぞるように指先を動かしている。

 触れるというよりも、何かの流れを追っているように見えた。

「何が妙なんだ?」

「この街全体がおかしいと言いますか、昨日と比べて明らかに魔力の流れが変わっているんです」

「魔力の流れが変わった? どういうことだ?」

 魔力の流れと言われても、
白浪まだら

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  • 時空勇者 〜過去に遡ったら宿敵の魔王と旅立つことになりました〜   第82話「背中を押す勇者」

     霧のない空。  澄み切った青がどこまでも高く広がり、雲は薄く、穏やかに流れていた。 霧による重苦しさは一切なく、胸いっぱいに息を吸い込めば、肺の奥まで幸せが満ちていくような錯覚すら覚えるほどだ。  淡い光に満ちた豊かな森の中で、レバザは立っていた。 その両脇には夫のバンダと、息子のジグがいる。  二人はごく自然に彼女の傍にいて、肩に触れ、手を取り、その多幸感を確かめ合うように笑顔で溢れていた。「お母さん、見て! あっちの木に実がなってるよ!」  ジグの声は弾んでいた。  バンダは息子の元気な姿を見て、優しく微笑む。「ジグ、後で取りに行こうか。お母さんはまだ少し調子が悪いみたいだからね。レバザ、大丈夫かい? しばらくゆっくりして、落ち着いてからでいいからね」 「ああ、わかってるよ」  その温かい言葉に、レバザの胸が静かに満たされる。  家族の笑い声がそよ風に溶け、葉擦れの音と混じり合う。 ここには戦いもないし、恐怖を感じることもない。  失う不安さえ、ここには存在しなかった。 この世界でずっと過ごしていきたい。  そう思いかけた、そのときだった。 ぱちぱちと、拍手の音が森の空気を裂いた。  一度だけでなく、何度も高い音が響く。 祝福するようでいて、どこか距離を測るような奇妙な間合いに、レバザは反射的に身構えた。  警戒しているバンダがジグを後ろに下がらせ、レバザの背後に下がる。「……誰だい」  レバザは重々しい声で問いかけた。  すると、それは木々の影からゆっくりと姿を現した。 霧のような淡い色の外套を纏った何者か。  輪郭は確かにそこにあるはずなのに、焦点を当てようとすると、なぜか曖昧になってしまう。 もちろん、顔立ちも判然としない。  男とも女とも、老いているのか若いのかさえ断定できなかった。  だが、その声だけは異様なほど落ち着いているのがわかる。「――素晴らしい、光景ですねぇ」  感嘆するように、だが感情を乗せすぎることなく、その存在は言った。  レバザは斧槍を構えながら、再び誰何する。「名前も知らないやつと世間話をする気はないよ。こっちはアンタが何者かって聞いてるんだ」  レバザの視線は鋭かった。  すると、外套の

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     この世界――アルスヴェリアには、とある勇者の伽噺話がある。 真っ暗な地中世界、緑溢れる樹海、呼吸すら困難な毒沼地帯。  燃え滾る火山の国、すべてが凍った景色。  金銀の輝かしい財宝、そして天空を支配する霹靂の魔王。 まさに勇者の大冒険。  それは遥か昔から伝えられてきた古いお話だ。 辺境のリオネルディアの村に住む青年のセリュオスは、その御伽話が子どもの頃から大好きだった。  勇者になった者が共に戦う仲間を集めて、人間たちを苦しめる魔王を倒すどこにでもあるような伝承。 でも、その勇者には普通と違う点が一つだけあった。  それ

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